計算、楽ありゃ苦もあるさ|翔泳社の本
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計算、楽ありゃ苦もあるさ 2014.05.09

「ご隠居さんご隠居さん。ちょいと聞きてぇことがあるんだが」

「なんだい。藪から棒に」

「2000年てぇと20世紀のどん詰まりですよね。そのころに出た本が性懲りもなく同じ顔して、また出てくるってんですが、21世紀を生きるわれらにとって読む価値はありやなしや」

「またずいぶん高いところに立ったね。まあ、どんな本でも読む人が読めば価値はあるから、一概には云えないが。どれ、ちょいと見せてご覧。あぁ、これはSICPだね」

「いえ『計算機プログラムの構造と解釈』てぇ本ですが」

「これは原書のタイトルが『Structure and Interpretation of Computer Programs』と云ってな、その頭文字を拾ってSICPという」

「PHPみたいなもんすか?」

「PHPとは、たぶんちょっと違う。魔術師本とか紫本ともいうな」

「よろこんで!」

「そりゃお前、庄やだ。で、お前さん、これを読もうてぇのかい。大したもんだね。一流プログラマになりたいというだけのことはある。蕎麦屋の釜かと思っていたけど、なるほど人は見かけによらない。ここはひとつ真面目に答えてやるか。エヘン、これはもともとMITでプログラミング入門用の講義で使われていた教科書だ」

「14年前の教科書じゃ役に立たねぇんじゃ?」

「んなこたあ、ない。お前さんも知ってるとは思うが、プログラミングというのは、事象の抽象化と抽象化されたデータを手続きで結びつけるのが基本だ。これはコンピュータが生まれてこのかた、ずーっと変わらない。そういう不変の部分を丹念に丹念に語り込んでくれる。
章末には練習問題もあって、云ってみれば算数の教科書と同じだ。リンゴが「1」とか「2」といった数に抽象化され、数は負数や有理数や無理数に拡張されてというように、単純な事象から複雑な事象へと抽象化を拡張してゆく。
ただ、そんな塩梅だから最初の方をウヤムヤにしたままだと、途中で必ず挫折する。説明も一筋縄ではいかない、脳味噌のシワを増やす類の文章だ。もちろん、ささっと読んで明日から効果覿面とか、“呑む前に飲む”みたいな即効性を期待しちゃいけない。じっくり腰を据えて、半年とか1年がかりで丹念に活字を追っていくのが肝要だな。
その分、書かれている内容を理解した時のアドレナリンの出具合は、たとえようがない。どうしても取れなかったバグを少ないステップで駆除した時のような、といえばわかるかな。しかも、そうやって理解した内容は、これはもう、一生ものだ。コンピュータ関連の基礎体力が培われるわけだから、プログラミングだけじゃなく、いろんなところで応用が効くようになる。
なにしろ抽象的な思考を手に入れられるのだから、現実をいかにモデル化して最適なアーキテクチャを目指すか、などというのも範疇に入るしな。そうやって考えると、コストパフォーマンスに優れた1冊とも云えるなあ。
どうだい。14年前の本といっても、なかなか侮れないことがお前さんにもわかったろう」

「いやもう、あっしには『ご隠居の口上と解釈』が必要なようです」

のむら

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計算機プログラムの構造と解釈 第2版

Gerald Jay Sussman Harold Abelson Julie Sussman 他

4,600円+税