イリヤ・クブシノブが語る イラストレーターから見た現在のイラストレーション

2017/12/19 07:00

 Instagramで100万人を超えるフォロワーを持つ話題のイラストレーター、イリヤ・クブシノブ。これだけの注目を集めながら、氏がこれまでに辿ってきた道のりや創作のバックボーンについては、まだまだ未知の部分が多い。ロシアの地で生まれ育ったイリヤ氏の目に、現在の日本のイラストレーションはどう映っているのか。/Interview & Text:Michi Sugawara(KAI-YOU)

※本記事は『ILLUSTRATION 2018』に収録したインタビューの転載です。
イリヤ・クブシノブ

イリヤ・クブシノブ

ロシア出身、日本在住のイラストレーター。モスクワの美術学院でデッサンなどを学ぶ。ゲーム会社でデジタルイラスト、モーションコミックの監督として働く。2014年からフリーランスで活動を開始。第8回国際漫画賞で銅賞を受賞。2016年に画集『MOMENTARY 』(パイ インターナショナル)を発売。
URL │ www.patreon.com/Kuvshinov_Ilya

『攻殻機動隊』の冒頭のシーンがずっと頭の中に残っていた

――ロシアご出身のイリヤさんですが、絵を描きはじめたきっかけについて聞かせてください。

「11歳から17歳までは、建築を学ぶためにモスクワのアート学院に通っていました。そこで一般科目だけでなく、デッサンや建築関係のさまざまな勉強をしたんです。毎日絵を描く勉強をして、大学に入ってからも彫刻デッサンや建築模型を制作していたりしたのですが、このときの経験は今でも役に立っています」

――漫画やアニメといった日本のカルチャーに興味を持ったのはいつ頃のことですか?

「大学では日本の漫画やアニメ好きが集まるサークルに顔を出していたのですが、興味を持ちはじめたのはちょうどその頃ですね。原体験としては、もっと小さい子どもの頃にたまたま見た『攻殻機動隊』の冒頭のシーンがずっと頭の中に残っていたんです。ストーリーはよくわからなかったけど、映像体験として衝撃を受けました。

 それで『もっと日本の作品を見たい』と思い、サークルに行くようになってから、漫画の『AKIRA』や『BLAME !』『ヨコハマ買い出し紀行』など、数々の素晴らしい作品に触れることができました。英語版しかなかったので、漫画やアニメを見るために頑張って英語も勉強しました(笑)」

――大学で建築を学びながら、同時にゲーム会社でも働きはじめたそうですね。

「15歳の頃にPlayStation Portable を買ってから本格的にゲームが好きになったのですが、大学のときにプレイした『ペルソナ3』『ペルソナ4』は特に感動しました。

 ゲームをプレイするとキャラクターのバックストーリーがよくわかるようになっていて、ゲームプレイとストーリーとの結びつきが本当に素晴らしかったですね。そのゲーム好きが高じて自分でもつくってみたいと思うようになり、ゲーム会社で働くようになりました」

――ゲーム会社では具体的にどのような仕事をされていたのでしょうか。

「MMORPGの中で使われるアバターの髪型や服装、家具やインテリア、武器や防具など、本当にさまざまなもののデザインをしていました。この頃に、ディレクターが何を求めているのか、それを具体的にどうデザインに落とし込んでいくのかといった、チームでの制作フローを学びました。

 ゲーム制作の仕事に携わったことで、どうすればプレイヤーの視界が楽しいものになるのか、この画面には何が足りないのか、といったことを理論的に考えることができるようになった気がします。

 ゲーム会社は初めての仕事ということで頑張っていたのですが、やはりストーリーのある作品に携わりたいという気持ちが自分の中で強くなっていくのも感じました」

Personal Work/2017
Personal Work/2017

日本のイラストレーションのスタイルはとにかく多様で豊か

――その後、建築の道から離れ、モーションコミックを制作する会社に転職されたそうですが、モーションコミックとはどういったものなのですか?

「“動く漫画”をイメージしていただけるとわかりやすいかもしれません。画面をタップするとシーンに合わせて吹き出しが出てきたり、キャラクターが動くというものです。

 スタートアップ企業の事業で、私は監督として絵コンテやデザインを担当していました。脚本家が書いたストーリーを元に絵コンテを描いてアニメーターさんに渡して、最終的な原稿に仕上げていく作業までを手がけました」

――先ほど仰っていた「ストーリーのある作品」を手がけるようになれたのですね。

「それまで絵コンテを描いた経験もなかったのですが、やむを得ない事情があり、急遽私が監督をすることになったんです。念願だったストーリーのある作品に深く携われることがすごく嬉しかった半面、監督の経験はこれが初めてだったので、制作段階ではさまざまな苦労がありました……。

 その経験以来、インターネットでプロの演出家の動画を見たり、絵コンテの通信講座を受けるなど、絵コンテを描くための勉強をするようになりました。絵ももっと上手くなりたかったので、解剖学の本も読むようになって、学校で習わなかった色についての勉強もはじめました。モーションコミックの仕事では色指定もしていたので、色の勉強が必要だったんです。

 この頃は仕事後に毎日2時間絵の練習をして、さらに2時間かけて個人のイラストを描いてインターネットで公開するという生活を続けていました」

――今の活動の基礎となるような活動をはじめたのですね。そこから来日してイラストレーターとして働くようになったのは?

「モーションコミック事業が終わった後、同じ会社でソーシャルゲームを制作していたのですが、ロシアで自分のやりたいと思う仕事をするのは難しいと感じました。

 そんなとき、インターネットを通じて、日本で仕事をしているロシア人と友達になったんです。当時、私がネットに投稿した『サイレントヒル』のファンアートをきっかけに、アメリカのコミック雑誌でフリーランスの仕事をいただけていましたし、友人の話などを聞いて、日本で働くことも現実的に可能だとわかったんです。2014年の10月に日本に来てから、2年間日本語学校で日本語も勉強しました」

――イリヤさんから見て、日本のイラストレーターはどのように見えていますか?

「世界的に見ても、日本のイラストレーションのスタイルはとにかく多様で豊かだと思います。『カワイイ』や『萌え』、『カッコいい』まで何でもありますね。日本にはさまざまな作風のイラストレーターがたくさんいて、すごいと思いました。

寺田克也さんや村田蓮爾さんは写実とアニメ的なデフォルメを気持ちよくミックスしていて、あんな作品を描きたいといつも思っています。先ほどお話したように『ペルソナ』シリーズが大好きなので、キャラクターデザイン担当の副島成記さんのスタイルも本当に好きです」

――現在、イリヤさんをはじめ日本でお仕事をされる海外出身のクリエイターの方も台頭してきました。反対に、日本のイラストレーターが海外に進出していくことも考えられるのでしょうか?

「日本のゲームは世界でも人気がありますし、ゲームのイラストが格好良ければ当然それを描いたイラストレーターも人気を得られると思います。ただ、自分のイラストがどういった場面で使われるのか、どんな仕事をしたいのか、といった先を見据えたビジョンも必要になってくるとは思います」

Personal Work/2017
Personal Work/2017

映像の中の特別な一コマを切り取ったようなイメージ

――イリヤさんのイラストは、どこか映像的な印象を感じさせます。特に『正方形の画角』と『バストアップの構図』で人物画を描くことが多いですよね。

「私にとってのイラストは、『映像の中の特別な一コマを切り取ったようなイメージ』なんです。たとえば自分が好きな人と面と向かって話をしているときって、その人の細かい表情や目線、仕草などの変化に集中していると思うんです。

 周囲の風景も視界には入っているけど、あくまでも焦点の主役は目の前にいるその人ですよね。そのイメージが、正方形の画角やバストアップの構図に表れているんだと思います。人物の表情や仕草ですべてを表現することは難しいですが、常に何かしらストーリーが見えるようなイラストを描きたいと思っています」

――『人の表情』を特に大事に描かれているんですね。イラストを描くときは、最初に表情のイメージを決めてから描きはじめるのでしょうか?

「大きく2パターンの描き方があるのですが、ほとんどの場合は最初に表情のイメージを決めて、その表情を一番魅力的に見せるためにキャラクターを考えていくというやり方です。もうひとつは、キャラクターとシチュエーションを考えてから、そのキャラクターが一番活き活きする表情を考えて描くというやり方です。この描き方も楽しいですね」

――近年は厚塗りの手法なども取り入れているようにも見受けられます。ご自身の作風や制作環境での変化はありましたか?

「絵柄の変化については、自分では特に意識はしていないつもりです。自然とスタイルが変わっていっているかもしれません。昔の絵を見ると、自分でも変化に驚きます(笑)。

 当時は人体構造やバランスもわからず、自分が見たいものを思ったままに大きく描いていたのですが、今は解剖学を勉強したことなどもあって、ポーズやバランスなどにも気を配るようになりました。

 色塗りに関しては、デジタルのほうが楽なのですが、本当に綺麗な線を描きたい場合はアナログのほうが良い気がしています。最近は鉛筆で描いた線画にデジタルで着彩するといった方法も取り入れています」

好きなものを描いて、見てくださる方々に喜んでもらうことが一番大事

――イリヤさんは、特にSNSで精力的に作品を公開されています。SNSに作品を投稿する際に意識していることなどはありますか?

「以前、映画『レオン』のマチルダのファンアートをInstagramにアップしたことがあったのですが、大きな反響を頂けて、それをきっかけにイラストを見てくれる方が増えていきました。

 そこからは投稿する時間帯なども自分なりにいろいろと試してみたりもしましたが、『こうすれば人気が出る』という絶対的な法則のようなものはないように感じました。

 他の方が描いたイラストの場合だと、人気が出そうなものが感覚的に何となくわかるのですが、自分が描いたイラストの場合は本当にわからないですね。それは不思議だなと思っています」

――SNSにイラストをアップしてみるまでは、どういう反応があるかわからないと。

「SNSをメインにイラストを公開していますが、高評価を得るために描くわけではなく、あくまでも自分が好きなものを描いて、見てくださる方々に喜んでもらうことが一番大事だと思っています。

 イラストのモチーフはほとんどが女性なのですが、宮﨑 駿さんの作品に出てくるキキやサンのような、独立心のある強い女性をとても尊敬しているので、イラストでもそれを表現したいと思っています」

――イリヤさんはクリエイターを支援するクラウドファンディングの『Patreon』も利用されています。利用をはじめたきっかけは何だったのでしょう?

「ロシアでコミックを制作している友人が利用しているのを見て、自分も登録してみました。ただ商品となったものを買うだけでなく、『Kickstarter』のように制作される作品単位での支援もそうですし、自分の好きなクリエイターを支援するという考え自体が素晴らしいと思っています。

 私も自分が好きな作家を支援したいということで、よくドネーション(寄付)しています。自分の大好きな作家が活動を続けていくためのお手伝いをほんの少しできたように感じて、心が温かくなります。もちろん、私を支援してくださる方々にもすごく感謝しています」

――日本ではそういった文化がまだまだ根付いているとはいえない状況ですが、クリエイターがより自由に創作活動に励むことができる環境というのは素晴らしいですね。

「そう思います。インターネットがなかったら私は日本に来ていなかったでしょうし、インターネットのおかげで絵や日本語をより深く学ぶこともできました。自分が今いる場所と関係なく作品を見てもらうことができて、さまざまな人たちが評価してくれるという環境は素晴らしいと思います」

Personal Work/2017
Personal Work/2017

自分のイラストで誰かの役に立てたらいいな

――イリヤさんは毎日必ずイラストを投稿されていますが、そのモチベーションはどこから来ているのですか?

「自分の絵を見てくれる人が待ってくれているからです。私のイラストを楽しみにしてくれている人がいるのであれば、どんなに仕事が忙しくても描き続けていきたいと思っています」

――誰かに喜んでもらうために、毎日イラストを描いているのですね。

「以前建築の道を諦めたときに、ものすごく落ち込んだんです。そんなとき、ふとしたきっかけで冬目 景先生の『ひつじのうた』と『イエスタデイをうたって』を読んだのですが、それが自分を見つめ直すきっかけになり、本当に救われたんですね。

 その影響が大きくて、その後は(『イエスタデイをうたって』の)ハルちゃんのイラストをよく描いていました。今でも、女の子のイラストを描いていて、気がつくと髪型がハルちゃんのようなショートカットになっていたりするのですが、それほど冬目先生の作品は自分の心の深いところにあるんです。

 漫画や絵に心から救われた経験を自分がしているから、それと同じように、私も自分のイラストで誰かの役に立てたらいいなと思っています」

ILLUSTRATION 2018
ILLUSTRATION 2018

編集:平泉康児
発売日:2017年12月13日(水)
価格:3,024円(税込)

本書について

多種多様なポップカルチャーから現代美術、刻々と変化するネットカルチャーまで、世界が注目する日本独自の多彩なイラストシーンを横断した、実力派作家150名による豪華競演です。『今』をアーカイブしたイラストレーションの図録として、本書をさまざまな用途にお役立てください。

 

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