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「一回一回の仕事を大事にしながら長く残るような絵を描いていきたい」注目作家 ・マツオヒロミにインタビュー 2016.08.17

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 引き込まれるような眼差しの美人画で人気を集めるイラストレーター、マツオヒロミ。自身の絵のルーツやイラストレーターを目指した経緯、作品へのこだわりなどについて話を聞いた。

マツオヒロミさん
マツオヒロミさん

林静一や竹久夢二作品との出会いが自分のスタイルの原点

――まず、マツオさんが絵を描きはじめたきっかけについて聞かせてください。

 物心ついたときから絵を描くのは好きで、チラシの裏に落書きをしている遊んでいるような子どもでした。小学生の頃、アニメのエンディングで林静一さんの作品を初めて目にしたのですが、それがものすごく衝撃的だったんですね。なんて素敵な絵なんだと。その後、竹久夢二さんの作品に出会うのですが、そこで自分の趣味嗜好が決定付けられたように思います。そういった影響もあって、小学生の頃は着物姿の女性ばかりを描いていました。漫画やアニメも好きで、大和和紀さんやいのまたむつみさんにも強く影響を受けましたね。

――林静一や竹久夢二の作品がマツオさんの原点なのですね。その後も絵は描き続けていたのでしょうか?

 中学生の頃までは友だちと同人誌のようなものをつくったりして絵は描き続けていたのですが、そのことが職業と直結しているという意識は薄くて、ただ楽しんで描いている時期でした。絵で食べていけるとは思っていませんでしたね。高校生になってからは、アニメや漫画から少し距離を置いて、美術部に所属して油絵を描いていました。漫画系の表現以外のいろいろな表現に出会って、視野が広がった時期だったかと思います。とはいえ、その当時もまだ「職業として絵を描く」ということに興味はあっても現実味を感じられず、美術系の学校ではなく、「潰しがきく」という周囲の意見に流されて総合大学に進むことにしました。でも、大学に入った瞬間に「しまった!」と思いました。周りの同級生たちは目的意識がはっきりしている中で、自分はあまりにも漫然と進路を決めてしまったなと。それと同時に、本当は絵を描くことを仕事にしたいんだという自分の気持ちにも気付いたんです。

――絵の仕事をしたいという気持ちに気付いてからは、具体的に何か行動を起こされたのでしょうか。

 大学内の芸術系の学科の講義を受けたり、ダブルスクールでイラストの私塾に通ったり、友人に作品を批評してもらったりしました。雑誌のカラーイラストコーナーへの投稿もしていましたね。色々と試行錯誤しながら、具体的な絵の練習の仕方や技法は自ら手探りで模索しました。その後、就職活動の時期にさしかかり、絵の道に進むのか、就職するのかという選択を迫られることになったのですが、意を決して大学をいったん休学し、絵の道に進もうと決めました。

古本屋でアルバイトをしながら漫画家になることを目指す

――大学を休学されてからはどうされたんですか?

 休学中に古本屋のアルバイトをはじめました。自分は絵が描けるということで、古本屋の通常業務とは別に、お店の看板やPOP、ホームページのトップイラストなどを描かせていただいて。古本屋のバイト仲間も、漫画家やミュージシャンといったクリエイターを目指している人が多くいて、オーナーもそういった創作活動に理解のある方だったんです。そこで初めて『絵を描いてもいい自分の居場所』のようなものが見つかった気がしました。

――その頃から本格的にイラストレーターを目指されていたのでしょうか?

 いえ、その当時はイラストレーターではなく、漫画家を目指していました。古本屋のサイト上で短編漫画を掲載させてもらっていたのですが、それを見た編集の方に声をかけていただけて、ネームを見てもらえるようになったんです。でもダメ出しをもらうばかりでなかなか発表することができず、結局一本だけしか漫画を描き上げることができなかったんですね。それであるとき、編集の方に「読者を意識した仕事としてやっていく覚悟はあるか」と問われたことがありました。懸命に描いていたとはいえ、もっともらしいテーマや絵の綺麗さに執着してしまい、読者を楽しませるという意識がほとんど無かったので虚をつかれたようでした。漫画をそういう意識で描けるか、というと当時は疑問だったので漫画家の道は諦めました。

――漫画家を目指していた頃もイラストは描かれていたんですか?

 漫画と並行してイラストも描いていました。デジタルでの描き方も、技法書を買ってきて見よう見まねで学んでいきました。絵の練習になったのが、ネット上のお絵かき掲示板ですね。その当時は、現在イラストレーターとして活動されている諏訪さやかさんの掲示板によく出入りしていました。他には、TOKIYAさんが運営していたSKILL UPPERなどもよく見ていましたね。お絵かき掲示板って、短時間で一枚絵を完成させる必要があり、ツールも限られていたので、それですごく鍛えられたように思います。完成を短いスパンで繰り返せたのが良かったように思います。お絵かき掲示板は大きな刺激になっていたのですが、その半面、凄い才能を沢山目の当たりにしたことで、自分の絵に自信を持てなくなってしまったところもあり、イラストを仕事にすることは諦めていました……。

――イラストの仕事を始めることになったきっかけは?

 自分のサイトやmixiにアップしていたイラストを見た方から問い合わせがあって、フライヤーの仕事をさせていただきました。その流れで、商業のイラストの依頼を頂くようになっていったんです。その頃から、イラストレーターとしての仕事に手応えを感じはじめました。描きたいというモチベーションがあって、見てくれる人にも楽しんで頂ける。その両輪があって仕事として成立するんじゃないか、と漫画家を諦めたときに感じたのですが、イラストならささやかでもそういう形でやっていけそうな感覚がありました。絵の仕事を立て続けに頂けるタイミングが重なったことで、古本屋の仕事も辞め、イラストレーターとして本腰を入れてやってみようと思いました。

現在も続けている同人活動は自分の『好き』を表現する場所

――イラストのお仕事と並行して、現在も同人活動をされていますが、同人活動を始められたきっかけについて聞かせてください。

 同人活動を始めたのは古本屋の仕事を辞めてからですね。mixiでイラストレーターのsakizoさんと知り合ったことが、同人活動をはじめたきっかけです。sakizoさんが先行して創作の同人誌をつくっていたのですが、彼女は同人活動をすごく楽しんでいたんですね。自分の好きなこと、作品のクオリティ、さらにお客さんも楽しませるということを両立させていて。こんなに楽しい世界があったんだと衝撃を受けましたし、私もこうなりたいなと憧れました。現在も商業のお仕事と並行して同人活動を続けていますが、仕事で試したことを同人のほうに生かしたり、その逆もあったりで、互いの活動が良い刺激を与え合っていますね。

同人誌
これまでに発表してきた同人誌。着物や大正ロマンなど、彼女の好きな世界観がそれぞれの本に凝縮されている

――お仕事や同人誌でも『和』をテーマに描くことが多いかと思いますが、着物などを描くうえで大事にしていることはありますか?

 和装の表現に関しては、資料をとにかく沢山読み込むようにしています。資料を見ながら、私だったらこうアレンジするなとか、スケッチをしながらアイデアを膨らませたりしていますね。これは長沢 節さんが仰っていたことなのですが、着物の何が美しいって、動いたときにできるシワの線が美しいと。その人の身体の細さであったり、腰骨の張っている感じであったり、裸よりも強調されるラインを着物は見せてくれるんですね。柄と柄が合わさることで生まれる響き合いの面白さや、布のドレープが作り出す曲線の美しさなど、私にとって着物というモチーフは魅力にあふれています。着物はまだまだ描き足りないですし、今後も描き続けていきたいですね。

――『和』と同様、『女の子』もマツオさんを象徴する大きなモチーフのひとつですよね。絵のモチーフとしての女の子の魅力について聞かせてください。

 女の子の魅力は、やっぱり『曲線の美しさ』でしょうか。柔らかい身体のラインというか。また、自分の憧れやコンプレックスのようなものを投影しやすいのは、やっぱり女の子です。お仕事以外では男性の絵を描くことがほとんどないのですが、女性のほうが、いろいろなものを仮託しやすいというところはありますね。

単純な喜怒哀楽の感情を描かない表情に対するこだわり

――マツオさんの描く女の子は、どこか含みのある繊細な表情が魅力だと感じますが、表情のこだわりについて聞かせてください。

 今はある程度いろいろな表情を描くようになったのですが、以前は頑に笑顔を描かないようにしていましたし、目にも光を描き込まないようにしていましたね。人間っていろいろな感情がありますよね。喜怒哀楽のわかりやすい感情以外のマイナーな感情に興味があって、どこか含みのある表情ばかりを描いてきました。昔は自分の気持ちを乗せるような描き方をしていたのですが、今は自分の作品を突き放して見れるようになって、見てくれる方にどう楽しんでもらえるかを考えるようになりました。

――メイキングも解説いただいた本書のカバーイラストも『和』をテーマにしたものになっているかと思いますが、このイラストについて聞かせてください。

 メイキングでも書いたのですが、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)という方の菊をモチーフにした千代紙を見たときに、インスピレーションが湧いたんです。この菊の前に立っている女の子は、きっとこういう子だろうなと。この千代紙を見たときに、女の子の表情や佇まいなどもなんとなく見えました。それに合う世界観で、背景や周囲に置かれている小物のイメージも固まっていきました。また、書店に並んだときに目が合うこと、表紙らしい佇まいにすることなども強く意識して描きましたね。

仕事場の様子
日頃イラストを制作している仕事場の様子。マツオヒロミの作品は、ここから生み出されている

――2016年1月に刊行された商業初の単行本『百貨店ワルツ』が各所で大きな話題となりましたが、この企画の経緯について聞かせてください。

 百貨店ワルツは、同名の同人誌から企画がスタートしました。本のコンセプトとしては、一冊の中に架空の百貨店をつくるというイメージで、中身はコミックとイラスト集を合わせたような構成になっています。「昭和モダン風の百貨店」という、テーマとしてはニッチなものなので、キャッチーさやポピュラリティ、メジャー感というのは本をつくるうえで意識しました。自分の好きな世界観を、いかにして多くの人にわかりやすく伝わるようにするかという点に苦心しましたね。

――百貨店ワルツの刊行前後で、何か変化したことなどはありましたか?

 百貨店ワルツを機に、女の子の顔の描き方は変わった気がします。多くの人に受け入れてもらえるような親しみやすさを、以前より意識するようになったというか。また、これまで商業では装画のお仕事しかなかったのですが、今回単行本を出させていただいたことで、自分の持っている世界を本として表現できる居場所をつくってもらえたのは嬉しかったですね。それから、一度は諦めた漫画を、こうした形で発表することができたのはとても感慨深いです。

自然体で絵を描くことができる岡山という場所

――まさに集大成的な一冊になっているのですね。マツオさんは現在、岡山を拠点に活動されているとのことですが、住む環境によって絵にも変化などはあるのでしょうか。

 以前は神戸に住んでいたのですが、私の場合、住む環境は絵にも影響を与えているなと感じます。神戸は華やかでインプットすることが多く、何か背伸びをしていた気がします。それは絵にも表れているなと感じますね。岡山に住んでいる今は、子どもの頃のようなモチベーション、より素の自分に近い気持ちで絵に接することができている気がします。華やかな場所に身を置くよりも、華やかなものを遠巻きに見ているくらいの距離感が心地よいというか。岡山は私のスタイルに合っている場所だなと感じますね。

――それでは最後に、マツオさんの今後の展望について聞かせてください。

 書籍の装画や百貨店ワルツのような単行本など、紙媒体の仕事はもっとやってみたいです。それから、林静一さんや竹久夢二さんのように、長く残るような絵を描いていけたらいいなと思っています。そのためにも、一回一回良い仕事を積み重ねていきたいですね。

※本記事は『ILLUSTRATION MAKING & VISUAL BOOK マツオヒロミ』に掲載しているインタビューの転載です。

取材・文:平泉康児、写真:谷本夏[studio track72]

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