インバウンド時代を生き抜くために、日本の「おもてなし」はどう変わるか (1/2)|翔泳社の本

インバウンド時代を生き抜くために、日本の「おもてなし」はどう変わるか

2019/02/28 07:00

 観光業のみならず、顧客とのコミュニケーションが必要な業種において「おもてなし」の心得は不可欠です。翔泳社ではパターン・ランゲージの第一人者である井庭崇氏と、施設プロデュースを手がけるUDSの中川敬文氏による『おもてなしデザイン・パターン』を発売。本書から、グランドハイアット東京のコンシェルジュである阿部佳氏と、やまとごころの村山慶輔氏を加えたトークセッションを紹介します。

本記事は『おもてなしデザイン・パターン インバウンド時代を生き抜くための「創造的おもてなし」の心得28』からの抜粋です。掲載に当たり、一部を編集しています。

 これからの時代を生き抜くために、「おもてなし」はどうあるべきか? 「相手の気持で考える」「チームで連携する」「自分ごととして行動する」…突き詰めた結果、見えてきたのは、おもてなしとビジネスとの共通項でした。

基本は「相手の気持ちで考える」こと

中川:私たちUDSは、「事業企画」「建築設計」「店舗運営」を通してまちづくりのお手伝いをしている会社です。住民が集まり、自由設計で住まいづくりをする「コーポラティブハウス」をはじまりとして、「CLASKA(*1)」や「キッザニア東京(*2)」などを手がけてきました。最近では「MUJI HOTEL BEIJING(*3)」も手がけさせていただき、国内外で7つのホテル、ホステルを、企画から設計、運営まで一気通貫して行っています(*4)。地方自治体からご相談をいただくことも多く、場づくりを通したまちの活性化をお手伝いしています。

中川敬文氏:UDS 代表取締役 社長
中川敬文氏:UDS 代表取締役 社長

 私自身も様々な地域に出向き、課題や困りごとを聞かせていただくのですが、まちづくりに関わると、必ず人口減少の問題につきあたります。定住人口一人あたりの年間消費額は124万円と言われていますが、それに対して外国人旅行客一人あたりの年間消費額は13万7千円です(図1)。

 高齢化の加速が止まらないなかで、日本人一人がいなくなる分の経済活動を補うためには、10人近い外国人旅行客を連れてこなければならないという計算になります。このことからも、これまでの経済を持続させるためには、多くの外国人を受け入れていく必要があることは自明です。日々の経営をするなかで、これからの日本の主要産業は観光業になっていくだろうと感じています。

図1 国土交通省官公庁「観光交流人口増大の経済効果」(2013年)をもとに作成
図1 国土交通省官公庁「観光交流人口増大の経済効果」(2013年)をもとに作成
*1 CLASKA(2003)築34年のホテルをリノベーションし、「どう暮らすか」という問いに対する多様な答えを組み合わせたデザインホテル。
*2 キッザニア東京(2006)子どもたちが楽しみながら社会のしくみを学ぶことができる日本初のエデュテインメントタウン。
*3 MUJI HOTEL BEIJING(2018)良品計画提供の無印良品のコンセプトのもと、UDS及び誉都思が企画、内装設計、運営及び経営を手がけるホテル。
*4 2018年12月現在

 ただ、現状では、外国人旅行客が地方を訪れているかというと、まだまだです。仮に訪れたとしても、よいホテルや接客がなければ、リピートにはつながっていきません。情報発信も、受け入れ体制も、どちらの整備もまだまだというのが、実務のなかで日々感じている危機感です。

 観光業の話題と必ずセットで出てくるのが「おもてなし」に関する話です。日本のおもてなしは素晴らしい、おもてなしを世界へ!という言説ですね。私自身、そのことを否定するつもりはありませんし、日本人の心の現れや伝統としてのおもてなしは素晴らしいと思います。しかし、特に今の20代~30代の若い世代の人たちにとっては、おもてなしと聞くと、ついつい日本に古くからある伝統のように感じて身構えてしまうところがあるのではと思っています。外国人にとって、日本のおもてなしが本当に心地よいのか、という議論もあります。従来のおもてなしにとらわれず、もっとフランクに、自然体で日本の良さを発信していけたらよいのではないかと思っているところです。

 また、観光業に直接かかわらないような業種でも、特に若いビジネスマンにとっては、今後ますます、国境を越えたグローバルな舞台が当たり前になっていきます。多様なバックグラウンドや価値観を持つ人たちと協働するときに、日本のよいサービスや所作、相手への思いやりは必要であり強みになっていくはずです。そのときもやはり、日本人としての気質に固執しすぎたり、それを言い訳にしたりしてはいけないと思っています。おもてなしの心は大切にしつつ、新しいひと・ことと出会う度に柔軟に対応していくことのできるしなやかさも重要になるだろうというのが、最近考えていることです。

 今回は、阿部さんと村山さんから、これからの日本を生きる私たちは、外国人観光客にどのように接していけばよいのか、あるいは、ビジネスマンがグローバルに展開していく上で、どういう心持ちであるべきか、そのあたりのお話を伺いたいと思っています。阿部さんは、世界の一流コンシェルジュの組織「レ・クレドール」に名を連ねる、日本のコンシェルジュ界を代表される方です。その一方で最近では、実際に地方に行かれて、その地域に人を迎え入れるためのご指導もされています。

 村山さんは、10年以上前から「インバウンド」に注目して事業を興された、インバウンドビジネスの第一人者でおられます。現在も最前線で、インバウンド施策で様々な企業や自治体のお手伝いをされています。お二人からは、日々の実践のなかで感じられている「インバウンド」や「おもてなし」、あるいは「観光業」に関するお話を伺えたらと思っています。

 そして、共著の井庭先生にもトークセッションに加わっていただいています。先生とは、『プロジェクト・デザイン・パターン』でもご一緒いただき、UDS創業者の梶原の企画のコツをパターン・ランゲージのかたちで言語化していただきました。

 今回の書籍では、UDSや私が考えている「日本のおもてなしのこれから」について、多くの人に有効な知恵となるように言語化してまとめていただいています。早速ですが、まず阿部さんにお伺いしたいと思います。地域に人を迎え入れるという文脈で、日本のインバウンドやおもてなしに対してどのようにお考えですか?

阿部:私は、観光を活性化するとか、地域を活性化するということは、地域そのものから起こっていくべきことだと考えています。自分たちの地域の外側から、誰かが持ってきてくれるのを待つものではないということです。

 そうではなくて、内側から「こんなよいものがあるんですよ。ぜひ見てほしいから、味わってほしいから、感じてほしいから、来てくださいね」ということが起きていかないと、長続きしません。ホスピタリティも、そういう内側から湧き出るような“想い”からくるものであり、「何を、どんなふうに表現したら相手が喜ぶ」という決まりややり方があるものでは決してないのです。

阿部佳氏:グランドハイアット東京 コンシェルジュ
阿部佳氏:グランドハイアット東京 コンシェルジュ

 今、日本では、「ホスピタリティ(おもてなし)とはこういうものである」ということが明確にならないまま、言葉だけが独り歩きしてしまっています。ホスピタリティとは、あるいは、おもてなしとは何なのか、という一番根っこの心の持ち方を伝えられていないままで、「おもてなし、やりましょう!」「観光で外から人がきますよ」と謳っている状況です。

 それだと、地域にとっては、言葉も通じず習慣も違う人がやってきて無理な注文を出したり、ローカル・ルールを知らない人たちが混乱を引き起こしたりと、怖いことばかりが起こります。ものごとを決める立場の人が、なんとなく便利でそれらしい「おもてなし」という言葉のイメージを利用して、表面だけを整えている傾向があると思うのです。

「観光で地域を活性化」と聞くと、いまの時流に合っていて面白そうとか、ビジネスとして成功しやすい領域だとか、そういう次元で考える人が多いように思います。しかし実際は、楽しそうとか成功しそうとか、そういう次元の話ではありません。それをやらないと、日本が立ち行かなくなるのです。このままでは生きていけないという、ある意味での適正な危機感……そういう危機感が多くの人に伝わっていない現状に問題を感じます。

 また、いかに日本が観光に向いている国であるか、ということも多くの人にきちんと認識されていません。どの地域だって自慢できるものを持っているのにもかかわらず、です。山も海も川もあり、豊かな四季があり、食材も豊富。火山があるために多様性があって、独自の歴史や文化があります。見ようと思えば流氷もサンゴ礁も一日で見られるコンパクトな国で、交通の利便性も抜群です。

 そういう自己評価をきちんとして、観光立国として整備していく動きがもっとあってよいはずです。そして、冒頭で申し上げたように、「観光や地域活性は、外から持ち込まれるのを待つものではなく、地域の中からはじまること」であるというのも伝わっていません。適正な危機感と日本の強み、そして自分ごと化の重要性。これらのことを、広く一般の人たちに伝えたいという思いで、日々活動しています。

 先ほどから観光の話をしていますが、私にとって「観光」とは、今あるものを、どう説明づけて、ストーリーをつなげて、どんなネットワークのなかで見せるのか、ということです。つくり込みをしすぎてうまくいく試しは、まずありません。大切なのは外から持ってきたもので新しくつくることではなく、今あるものをどんなふうに伝えるのかということにほかなりません。

 そしてそのときに一番大事なことは、相手の気持ちになって考える、ということです。自分が今しようとしていることの先にいる相手は、それに対してどう思うか?どう感じるか?ということは常に考える必要があります。今は現実に、独りよがりなことが起きています。田んぼの真ん中に英語の看板が立っているのを、海外からわざわざ来た人たちは見たいと思いますか?「相手の目で見る・相手の気持で考える」という考え方に、日本中をひっくり返さないといけないと思っています。あなたがやっていることは、誰のためですか?ということに尽きます。

村山:阿部さんにとても共感します。私自身は、インバウンドの専門家として、各地域の戦略立案から商品造成、各種プロモーションを支援したり、外国人観光客へのおもてなしの現場を見たりしていますが、そのなかで最も重要だと思うのは、「誰をお客さんにするか」ということと、その上で「相手を知る」ということです。

「誰をお客さんにするか」ということに関しては、多言語対応の事例がわかりやすいと思います。外国人観光客を地域に呼び込む際に、多言語対応は大切です。しかし、10言語、11言語……と言語数をやみくもに増やしていくことは、やりすぎだという見方もあります。ウェブサイトやスマートフォンなら言語が増えても切り替えるだけなので見せ方的な問題はありませんが、街の看板や標識などの場合、見栄えも悪くなります。さらに、パンフレットの場合も、コストがかさんでしまいます。

 また、一度言語を増やしてしまうと削ることが難しい、という問題点もあります。例えば、インドネシア語の対応をしていたとして、あとから何らかの事情によりそれを外してしまった場合、「インドネシアの方はもう来ないでくださいということですか?」と取られてしまうリスクがあります。

 このように、戦略のない地域や施設は、お客さんを全方位で受け入れようとしがちですが、「全方位で誰でも受け入れる」ことがおもてなし、というのは違うと思っています。全方位ではなかなか個別のお客さんを満足させることができないし、地域などの受け入れ側としてもハッピーではないケースが多いです。その地域、その施設で、誰をお客さんにするか定めることが大切です。

 その上で、「相手を知る」ということですが、これについては、その地域や施設が「この国の人をお客さんにしよう」と決めたら、今度はその国にはどういうニーズがあって、どういう媒体で情報収集をしているのか、どういう宗教の人なのか……など幅広く、かつ、深く考えていくことが大切になります。

 例えば、実際にあった話ですが、ある中国人のお客様が、一泊二食付きで一人5万円程度する旅館に宿泊されたことがあります。その旅館では、朝食は7時からのみでそれ以外の時間には提供できない、おかゆが欲しくても出せないなど柔軟さに欠けるところがあり、中国人のお客様は不満を口にしていました。旅館ならではの決まりごとや、融通の効かない部分があったりするんですよね。安い旅館であればそこまで気にしないかもしれませんが、一泊5万円となると期待値は高くなりますし、個別リクエストに対しての柔軟な対応を求めたくなるのが通常です。

 これまでのように、日本人だけを相手にビジネスをするのであればよいかもしれません。しかし、今後世界からの観光客も相手にビジネスの守備範囲を広げていくのであれば、「相手を知る」ところからはじめ、多少合わせていくことも必要になってくると思います。

 ちなみに外国人の方は、日本人に比べて個別リクエストが多い傾向にあります。パーソナライズ欲求・カスタマイズ欲求が強いということですね。ダメもとで交渉してくる人も多いですし、我々日本人の想像の範疇を超える要求も多々あります。

 私は学生時代、アメリカに4年ほど住んでいて、そのときに、顧客の99%がアメリカ人の寿司レストランでアルバイトをしていました。そのときも様々なカスタマイズ要求をお客さんからいただき、例えば、巻き寿司ひとつとっても、「しゃりはいらないから海苔と具だけで欲しい」とか「海苔の見た目はいやだから、しゃりを外巻きにして欲しい」とか、寿司の固定概念がある日本人からしたら全く意味のわからないものもありました。

 ただこういう発想だから、カリフォルニアロールのような、新たなものが生まれてくるんですよね。こんなふうに、外国人にとっては、パーソナライズ欲求・カスタマイズ欲求に対応してもらえてこそ、素敵なサービスなのです。さらに言えば、そうであってこそ高いお金を払ってもよいサービスになります。

 グローバルにやっていく上では、地域の思いも踏まえて、まず誰をお客さんにするかを考える。そのうえで相手を知り、戦略・方針を決めていきます。食事制限のようにボトルネックになりうるものは対応し、逆に施設のコンセプトなど「ここは譲らない」というところは守っていく。その線引きのバランス感覚が大切になってくるのではないでしょうか。

井庭:ひとえに「インバウンド」と言っても実に多様ですものね。日本では「外国人」ということで、欧米の人もアジアの人も、一括りにしてしまいがちです。言語対応がされていれば、一方でウェルカム感は感じられるかもしれないですが、実際に各店舗がすべての言語に対応できるかと言えば、必ずしもそうではないですし。言葉の問題だけでなく、文化的なところまで理解していないと、本当のウェルカムにはなりませんよね。

中川:世界のなかで見たときに、日本のおもてなしが独りよがりになってしまっているのでは、と感じたことがあります。そのきっかけは、ヨーロッパからアジアまで、6カ国の人たちを集めて日本の観光に対する意見をヒアリングしたときのことです(図2)。

「日本のおもてなしはどうですか?」と彼らに聞いたところ、フランスやスペインの人からは、ネガティブとまではいかないまでも「知識と情報は素晴らしいので役には立つが、ウェルカム感が感じられない」という意見が挙がったのです。情報は手に入るものの、出迎えられたという感じがしない、ということでした。スペインでは、何よりもまず「よく来てくれた」とハグをするというのです。

 観光というと、どうしても表面的な情報整備に走りがちですが、来た人がどう感じるかと考えることはとても大事だと思った出来事でした。先ほどの阿部さんの「誰のために」という話に通じるところがあると思います。

図2 某観光案内所の改修に向けたアイデアを募った外国人ワークショップの様子
図2 某観光案内所の改修に向けたアイデアを募った外国人ワークショップの様子