おかげさまで、翔泳社は今年で創業40周年を迎えました。1985年の創業以来、翔泳社は常にIT、そしてビジネスの最前線を追いかけ、読者の「知りたい」「学びたい」という知的好奇心に応え続けてまいりました。しかし、たどってきた道は決して平坦なものではありませんでした。
いかにして時代と共に変化し、新しい価値を提供し続けてきたのか。そして、これからどのようなビジョンに向かって歩みを進めていくのか——。
本稿では、今年4月、翔泳社の代表取締役社長に就任した臼井かおるにインタビュー。変化を恐れず挑戦し続ける翔泳社の哲学と、未来への熱い思いに迫ります。(インタビュアー:中島/中途入社1年目)
- 引き継がれる「自由」と「責任」
- 現在の翔泳社を形作る2つの『転換点』
- 「出版」と「Web」の垣根を超えて
- コンテンツに込める『役に立つ』ことへの思い
- 「新しいことが大好き」な会社
- コンテンツに込める『役に立つ』ことへの思い
- AIの波を乗りこなす
- 自由な個性を束ね、成果に変える面白さ
- 「仕事を本気で楽しむ」からこそ、120%の力が出る
- 受け継がれる「基本細胞」を未来へ
中島:今日は、40周年という節目に際し、翔泳社の歩みと未来、そして臼井社長ご自身の思いをお聞きしたいと思っています。
臼井:よろしくお願いします。
引き継がれる「自由」と「責任」
中島:4月に社長へ就任され半年経った今、感じたことはありますか?
臼井:当たり前ですけど、見ているものが変わりました。
中島:私はまだ入社して1年経っていないんですが、入社前から聞いていた通り、結構自由で、やりたいことをやらせてもらえる環境が根付いているなと思っています。
そういう文化や社風は、臼井さんが社長になられてからも引き継いでいくところですか?
臼井:もちろんです。私は入社して30年ほどになりますが、当時も「自由」でありながら、一人ひとりが自律している会社だと感じました。やりたいようにやらせてくれるけど、責任もちゃんと自分で負う。任せてくれるところがすごくやりやすく、この水が自分に合っていた。それが、長く勤めている理由だと思います。
▲2025年4月に代表取締役社長に就任した臼井かおる氏。就任以前は出版部門長として出版業務を牽引してきた。
臼井:自由な社風は、創業者がそうした考えの持ち主だったことに由来していると感じます。創業者が抜けても、それは脈々と受け継がれてきました。社長が何か「こうしろ」と言ってきたわけでもありません。佐々木前社長も同じような信念を持っておられたし、社員一人ひとりにもその意識が根づいている。
だから私が仮にその自由をなくそうとしたり、「みんなこうしなさい」と言い出したりしても、翔泳社の人たちは「いやいや、そうじゃないだろう」と言ってくれるだろうと思います。
翔泳社ってそういう会社なのかなと思うし、トップが変わってもそういう文化であってほしいですね。
現在の翔泳社を形作る2つの『転換点』
中島:ありがとうございます。今、長年培ってきた文化があるという話があったと思うんですけど、翔泳社の歴史の中で最も重要なターニングポイントがあれば教えてください。
臼井:会社のターニングポイントというと、受託制作で物を作っていた会社が、自分たちで本を出す出版社になった瞬間が、一つのターニングポイントでしょうね。当時私はまだ在籍していませんでしたが、そこで会社としても一つ独立したものになったのかなと思うし。
それから出版社としてやってきて、今度はWebメディアができて、そこがきちんと立ち上がったこと。この2つが大きなポイントですね。それが、35年ぐらい前と20年ぐらい前のことなので、本当は今あたりで次のターニングポイントがなくちゃいけないなとは思っています。
「出版」と「Web」の垣根を超えて
中島:最初のWebメディアの立ち上げが今年20周年を迎えるCodeZineですが、紙の書籍を専門で扱う中でWebへ進出することはチャレンジングな決定だったと思います。当時の社内の雰囲気はどうだったんでしょうか?
臼井:全社的な動きというより、有志が熱意を持って、周囲が見守る中で始まった感じでしょうか。
中島:やりたいという熱意を持った社員がいて、そこからの提案でだんだんWebメディアの方も発展していった。そういうところにもさきほどの自由な文化みたいなものが根付いているんだと感じました。
Webメディアの規模も大きく変わってきていますが、書籍の編集者だった臼井さんはどのようにご覧になっていましたか?
臼井:Webメディア部門とは当初は交流が少なく、メディアの人たちは“出版を超えたい”という意識を持っていたと思います。一方、出版部門の人は“やはり出版が基盤だ”という考えがありました。
今は様々なプロジェクトで交流もするし、そうした垣根はすっかりなくなったと感じます。スタッフ同士が自由にやり取りできるようになって、新しい発想が生まれる土壌ができたのはとても良いことだと思います。
コンテンツに込める『役に立つ』ことへの思い
中島:今までで特に感慨深いエピソードがあれば教えてください。
臼井:年賀状の本は、規模が大きく緊張感もありましたが、楽しかったです。競合他社もたくさんいて、「どこは今年こういう表紙にするらしい」というように常に動向を探っていました。刊行後の販売合戦も、全社一丸となって、みんな週末に家電量販店の店頭に立って販売していました。佐々木前社長も一緒に呼び込みしたり。全社が一体となって取り組む高揚感と、失敗できない緊張感が心地よかったですね。
中島:年賀状の本の出版について、もう少し深掘りさせてください。臼井社長は当時編集者の立場で携わっていたかと思いますが、特に大切にした点やこだわった点はありますか?
臼井:年賀状の本は、読む人が本にもパソコンにも慣れていない分、迷わないように、わかりやすく伝えることに特にこだわりました。文章の書き方だけでなく、ページ内での目の動きを考えてこちらに書いた方がいいとか、そういうところまで考えてやりました。
▲『パパッと出せる和年賀状2021』より
臼井:最初のうちは、読者から「わからない」とたくさん電話がかかってきたんです。電話口で一所懸命説明してもなかなか伝わらず、改めて「どう書けば一番伝わるのか」をすごく考えました。
中島:パソコンを使った操作の指示ですもんね。文章だけではわかりづらい。年賀状の本以外の書籍作りも同じですか?
臼井:基本的にどんな読者にも理解しやすく伝えるという点は共通していますが、年賀状の本は特に、限られたスペースで的確に説明する必要がありました。逆に、専門書などでは「もう少し詳しく知りたい」という読者に向けて情報量を増やしたり、派生情報を載せたりする。読者の知識量や目的に合わせて内容を調整するのが頭の体操のようで面白かったですね。
こうした考え方は、会社全体としても共通していると思います。ターゲットにきちんと届くかどうか、とにかく役に立つものであってほしいと思っています。
だから「それ役に立つの?」という質問は、企画承認会議などでもよく飛び交います。必要な人のニーズをちゃんと満たせるようなコンテンツにして欲しいというのは、出版物に限らずWebメディアも同じ考え方が当てはまります。
中島:臼井さんの考える「役に立つ」とは、どんなものですか?
臼井:難しい言葉ですが、悩みが解決するとか、人生が豊かになるようなことだと思います。読者が抱える困りごと、知りたいことに対して答えられるもの。それが“役に立つ”ということかな。
「新しいことが大好き」な会社
中島:ここからは今後の未来の話についてお伺いできればと思っています。
これからの翔泳社にどのような未来を描いていますか?また、社員にどんな姿勢で働いてほしいと考えていますか?
臼井:人それぞれで、必ずしも一つの形があるわけではないと思います。担当する仕事も異なりますし、その中でベストを尽くしてくれればいい。「英語ができなければいけない」といった一律のスキルを求める必要はないと思っています。
ただ、AIにはみんな関心を持ってほしいですね。新しい技術に敏感でいられる人が集まっている会社というのは強いと思うし、翔泳社もこれまでそうやって柔軟に成長してきました。立ち止まらずに、新しいことが大好きという会社でいて欲しい。マインドセットという意味では、そんな姿勢が大事だと感じています。
中島:スキルの面でいうと、それぞれが個性を伸ばして、専門性を発揮しているイメージがあるので、それが面白いなと思っています。
AIの進展によって、出版業界は今後どうなっていくと思いますか?
臼井:出版事業でもAIの影響を感じる場面が増えています。どうなるのか、まだ答えは出ていません。
中島:スマートフォンが普及して、読書習慣がある人もちょっと減少傾向というところもありますが。どうなんですかね。読むと面白いですけどね、本。
臼井:そうですよね。さきほどの「困りごとを解決する」役目も、AIになってしまうかもしれないですし。どうなるのかは、わかりません。
出版は長らく斜陽産業と呼ばれてきました。「インターネットが出てきたからもうダメだ」と言われ、雑誌が次々と減っていきました。今回のAIの登場も、同じように業界の形を大きく変えるものだと思ってます。完全に置き換わることはないと思いますが、これまでとは違う形に進化していくのではないでしょうか。
中島:逆に、AIに期待する部分や可能性を感じる点はありますか?
臼井:AI自体はとても面白いですし、ワクワクする部分もあります。とはいえ、現実を見ると課題も多い。だからこそ新しい形でうまく商売していきたいと思うし。そういうことを早く見つけられる会社だったら格好いいなと思うんですね。
スピードとアイデア。AIに駆逐されるのではなく、AIを利用する、AIにうまく乗っていくコンテンツメーカーになりたいです。
AIの波を乗りこなす
中島:新規の
AIのWebメディア(※)を立ち上げることになったと思うんですけど、それの狙いやビジョンを教えていただけますか?
臼井:AIがこれほど盛り上がる中、それをテーマにしたWebメディアを立ち上げようという話になったんです。去年、押久保創刊編集長が
アメリカのAIのカンファレンスに参加して帰国した際に、「ものすごい熱量でした」と興奮気味に報告してくれたんです。ならばそれをWebメディアでやろう、ということで立ち上がったのが「
AIdiver」です。
こんなに早く立ち上がったのは素晴らしいですし、流石です。
中島:どんどん新しいものが移り変わっていく世界なので、Webメディアという媒体がまさに合っていますね。
臼井:そう思います。毎日のように新しいニュースや動きがあるので、それをいち早く発信していけたら素晴らしいことだなと。
中島:社内の業務でのAIの活用についてはどのように考えていますか?
臼井:基本的にはポジティブに捉えています。会社を挙げて推奨し、業務の効率化や新しい発想のきっかけとして活用を進めていきたいです。
中島:編集のようなクリエイティブ業務にもAIは活かせると思いますか?
臼井:できると思います。何を“編集”と呼ぶかにもよりますが、原稿整理や校正の一部など、すでにAIが担える作業もあります。もちろん、編集者が不要になるわけではありませんが、仕事の半分くらいをAIがサポートしてくれる日も近いのではないでしょうか。
中島:積極的に取り入れていこうという姿勢ですね。
臼井:そうですね。
AIは恐れるものではなく、共に活かすものだと思っています。
※新メディア『AIdiver』とは:翔泳社が2025年9月に創刊した、ビジネスパーソンのためのAI利活用専門メディア。AI戦略を担うリーダー層に向け、AX(AIトランスフォーメーション)を実現するための実践的な情報や事例を発信している。特命副編集長にはAI専門家の野口竜司氏が就任。
自由な個性を束ね、成果に変える面白さ
中島:臼井さんから見て、翔泳社の管理職にはどんな面白さがあると思われますか?
臼井:編集長は特に楽しいと思いますよ。
今は雑誌の発行はしていないですが、雑誌の編集長が一番楽しいんじゃないかな。Webメディアの編集長も同じだと思いますが、雑誌は編集長のもの、編集長の考えが全部出るものだと思います。
自分の世界で1冊が作れるという意味で、楽しいと。
書籍の編集長はラインナップは決められますが、個々の本はそれぞれの担当が自分の考えに基づいて作るので。書籍の編集長は進行管理とか予算管理とかを担っていて、大変ですよね。そういう意味で雑誌の編集長は面白いと思います。
▲翔泳社本社ビルの書架前にて
中島:自由な雰囲気のある社風だからこそ、まとめていくのも難しそうですね。
臼井:そうですね。全員が仕事をスケジュール通りに進めていくのは簡単なようで意外と難しい。自由な環境だからこそ、チームとしてのバランスを取るのは大変だと感じます。でも、それをまとめて成果につなげていくのが管理職の醍醐味でもあると思います。
「仕事を本気で楽しむ」からこそ、120%の力が出る
中島:翔泳社は休暇が多い印象がありますが、社員の休みを大切にしようという意図があるのでしょうか?
臼井:特に意図してそうしているわけではなく、もともと休みが多い会社なんです。
中島:臼井さんご自身は、長年働いてきて今のバランスをどう感じますか?
臼井:むしろ自己責任を感じます。いっぱい休んだ分、きちんと結果を残さなきゃいけない。そういう意味で「自由」という考え方と同じなんだと思います。
中島:テレワークや長期休暇などで、プライベートの時間を確保しやすい環境は、社員の働きやすさにもつながっていると思います。
臼井:時代の要請もありますし、会社としてもその変化に合わせてきた部分はあります。それを過剰に強調しているわけではありませんが、健全な生活を送れる働き方は必要だと思っています。それが崩れると会社も続かなくなるし、みんなのモチベーションも下がってしまう。そうならないためにも、今のバランスは悪くないと感じています。
中島:やるべきことはしっかりやる、ということですね。
臼井:そうです。しっかり休んだうえで、結果は出す。それが翔泳社らしい働き方だと思います。
中島:最後に、社員へのメッセージとして、どのように働いてほしいと考えていますか?
臼井:仕事を好きでいて欲しいなと思います。働くことを楽しめれば、自分の持ってる以上の力が120%出ると思うんです。本気で楽しむからこそ成果が出るし、結果として会社にも良い影響を与えられる。そういう働き方をしてもらえたら嬉しいです。
中島:臼井さんは本当に仕事が好きなんですね。編集の話をされているときの表情がとても印象的でした。
臼井:ありがとうございます。
受け継がれる「基本細胞」を未来へ
中島:最後に、この40周年ページを読んでくださっている読者の皆様にメッセージをお願いします。
臼井:翔泳社は今年で40周年を迎えましたが、これはあくまでも通過点です。ここで立ち止まらず、50周年、そしてその先の70周年、100周年へと続く道を歩んでいかなければなりません。これからが正念場だと感じています。
創業期から在籍しているわけではありませんが、入社以来ずっと感じているのは、
創業当初に芽生えた「基本細胞」みたいなものが、40年経った今も息づいているということです。その精神が、これから先の50年、100年へと確かに受け継がれていくことを願っています。
中島:本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。