働かせるためではなく、自分らしく働くための経営学へ。理科大MOTの佐々木氏が語る「ハッピーな働き方」|翔泳社の本

働かせるためではなく、自分らしく働くための経営学へ。理科大MOTの佐々木氏が語る「ハッピーな働き方」

2016/03/21 08:00

 毎日仕事をこなす中で、将来や人間関係になんとなくモヤモヤを抱えている人は多いのではないだろうか。ブラック企業などさまざまな問題が山積する現代で、ストレスなく自分らしく働くにはどうすればよいのか?  今回、翔泳社の新刊『イキイキ働くための経営学』の著者の1人であり、東京理科大学大学院イノベーション研究科MOT(Management of Technology)専攻の教授である佐々木圭吾氏に、経営学が「働かせる側」ではなく「働く側」の自己実現になぜ役立つのかをお話しいただいた。

個人も企業もハッピーな世界の実現が経営学の目標

 私は東京理科大学大学院のイノベーション研究科で経営組織論やサービスイノベーションという科目を担当しています。論文を書くという意味での専門分野はナレッジマネジメントです。これは経営組織論から生まれたもので、またサービスもナレッジマネジメントに繋がりますので、両方扱っています。

 経営組織論には理想とする世界があります。それは、従業員が賃金も含めてハッピーに働けて、企業もよい業績を出せるという世界です。そんな世界を実現するにはどうしたらいいのかを研究するのが、経営学の目指す方向の一つなんですね。

 昔は決められたことを決められたとおりにやるのが従業員の仕事でした。ところが時代は変わって、いまはそもそも何をするかから考えなければならなくなりました。ですから、昔の仕事の当たり前が現在でも通用するのかどうか疑問が生じます。根幹は一緒だとしても、現代において理想の世界を実現していく手段は変わってきています。

働き方も、働く側の前提も大きく変化してきた

 経営学が誕生した当時の状況を振り返ると、従業員一人一人が専門的な教育を受けているわけではありませんでした。また、毎日会社に通うこと、さらには大勢の他人と一緒に働くことにも慣れていない、つまり組織的労働が一般的ではなかったんです。しかも、経営学が生まれたアメリカでは、従業員同士で言葉が通じませんでした。ほとんどの人が英語に慣れていないので、例えばフォードの工場では20か国語以上の言語が話されていたともいいます。こういう状況で従業員も企業もハッピーになるにはどうしたらいいのか、という考えから生まれたのが経営学です。そこで重要視されたのが経営管理です。

 経営管理には二つの考え方があります。一つは、できるだけ効率的に働いてさっさと仕事を終え、家に帰ってハッピーに暮らしてもらうという考え方です。この観点では、仕事は辛くてもしょうがないと捉えられます。ただし、8時間労働ならそれだけしか働かない。まだ明るいうちに家に帰り、家族と過ごしたりボランティアや社会的な活動をしたりする中で幸せに暮らすわけです。

 もう一つは、仕事を辛いものだと捉えるのではなく、もっと楽しく働いてもらおうする考え方です。働いている人たちがどんな動機で、何を求めてどのように働くのかについて、企業側ができるだけ配慮しようというものです。

 仕事は仕事として割りきって働く前者の考え方は科学的管理法で、現在のIE(インダストリアル・エンジニアリング)に結びつきますが、人間を機械のように扱うなどの批判も受けました。私自身、大手電機メーカーに新卒で入社し、研修で3か月ほど工場で働いたことがあります。当時はすでに自動化が進んでいましたが、バッチ生産の工程でライン労働を経験することができました。ちょっと高めの椅子に腰掛けて、左足で体を支え、右足でペダルを踏んでベルトコンベアを動かし、両手で部品を基板にはめ込んでいくんです。一切の無駄がありません。科学的管理法では業務をこのように設計するので、人間を機械のように扱っていると捉えることができます。

 ですが、別にそれが非人間的だというわけではありません。できるだけ効率を高めて規定の時間だけ仕事をし、帰宅したあとは自由に生活してもらうというのが科学的管理法なんです。

 後者の考え方は従業員同士の相性も考えて業務を設計します。経済的な効率性を考えると必ずしもベストではないかもしれませんし、穿った見方をすれば、人と人の相性といった最も人間的なものを企業側が操作しようとしている、とも見ることができます。ですから、どちらのほうが人を幸せにするのかについては、一概には言えません。

 経営学はこの二つの大きな考え方をベースにして発展してきましたが、現代では働いている人の前提条件が大きく変わってきているため、経営学そのものを見直す時期が来ているのではと感じます。例えば、昔の人に比べれば、誰もが潜在的に莫大な情報を持っています。何か分からないことがあるとすぐに調べることができますよね。それに学生であっても、両親や親戚が働いている姿を見て、会社で働くということがどういうことかイメージを持っています。

 また、労働そのものが肉体労働から頭脳労働に変わってきており、サービス業だと感情労働と呼べるものになりつつあります。一瞬の心遣いが生産性をものすごく左右するんです。明らかに、新しい労働の時代がやってきています。にもかかわらず旧来の前提そのままで経営学を語ろうとすると、齟齬が生まれます。

 さらに、本書を執筆するまで意識していなかったのですが、経営学そのものが実は上から目線だったということに気がつきました。本書のタイトルは『イキイキ働くための経営学』ですが、純粋に経営学の視点から書けば『イキイキ働かせるための経営学』になります。経営学は人をどうマネジメントするかについての学問ですからね。

どんな人がイキイキ働けていないのか

 しかし、いま躍進している企業は現場の一人一人が主体性を持って仕事をしていますよね。言い換えると、経営層だけでなく、若手の社員も経営意識をもって働いているんです。実際、ほとんどの企業で経営意識をもって仕事をしなさいと教育されていますからね。つまり、ありきたりではありますが、従業員一人一人が主体的に働くことが個人の幸せに繋がり、それが重なれば企業の業績も上がるということなんです。これが本書で言いたかったことです。

 では、実際の現場はどうなっているのか。共著者の高橋先生はご自分で会社を経営していますから、まさに現場を見ています。また、私も大学院で社会経験のある学生を教えていますので、20代の若い人たちの声を聞きます。いろいろな人と話をしていると、時代は確実に変化しつつあるのですが、どうやら悩んでいる人のほうが多い。主体性を持って自分らしくイキイキ働ければいいのに、そうはなっていないんです。

 自分らしく働くと一言にしても、さまざまな働き方があるので人によって異なります。ばりばり働いてともかく辛い仕事でもたくさんこなす人もいれば、仕事は最低限にして趣味を楽しもうという人もいます。そうかと思うと、楽しく働けることに自分らしさを見出している人もいます。本書で議論するにあたり、一つの具体的な理想像を提案するのは難しいので、逆にイキイキ働けない状況を考えました。

 一つは、完全に主体性を失って、言いなりになっている人です。上司に言われたことを無批判に受け入れて一生懸命やるだけで、自分を見失っている状態です。これは自分らしく働いているとはいえません。

 その対極は、独善的で、他人のあらを探して責めたり、職場の雰囲気を悪くしたりする、自己主張が強い人です。一見すると自分を貫いているように見えますが、これは他人から責められたくないという気持ちの裏返しで、自分らしく働けていない状態です。

 本書では、せめてこの二つの状態に陥らずに自分らしく働くにはどうしたらいいのかということを書いています。

自分らしく働けていない人が経営学を学ぶべき理由

 では、それをいかに実現すればいいのでしょうか。まず考えなければならないことは、企業で起こっていることの根幹に経営理論があるということです。人事制度や組織のあり方、上司と部下の権限関係など、あるいは会社が従業員のやる気を高めるための施策を行なうことがありますが、そうした背後には経営学のロジックがあります。もちろん理論によらない人間同士の感情的な関係も存在しますが、現場の人間関係をよくしようという制度が導入されることがあるでしょう。その背後にも経営学があるわけです。

 先に述べたような自分を見失っている状態というのは、一つは周りが見えていないということ、もう一つは自分が見えていないということを意味します。まずは周りを見ることができるようになってほしいんですが、周りが見えていないというのは、例えば自分のやっている仕事が何の役に立っているのか分からない、どんな意味があるのか分からないという状況や、なぜ会社が毎年成長しなければならないのか理解できないような状況を指します。

 このとき基礎的な経営学を知っていれば、多少は自分の仕事の意味を理解し、周りが見えるようになるはずです。経営学はイキイキ「働く」ためには作られておらず、反対に、「働かせる」ために作られています。ですから、働く側にとってみれば、どうやって自分たちを働かせようとしているかという仕組み、つまり経営学が分かると、なぜいまその仕事をしているのか「なるほど」と納得できるのではないでしょうか。

 元気がなければ心理学、人間関係がこじれているなら社会学の本を読めばよさそうですが、実は企業で行なわれている、みんなが真剣に働いている場での人間関係は、経営学のほうが詳しいんです。だからこそ、経営学を知っておけば、企業の中のさまざまな仕組みの意味が分かってきます。全体像が見えるようになれば、イキイキ働けない状態からは多少なり脱することができるのではないでしょうか。

信頼できる仲間を作り、自分自身を知る

 そして、もう一つの課題が自分を知るということです。自分で自分のことを理解するのはとても難しいんです。理想から言えば、信頼できる仲間と対話し、その中で自分自身を見つめることが大切です。要するに、自分よりも他人のほうが自分のことをよく分かっているんですね。

 昔、たまたま喜劇役者の伊東四朗さんが、いまの地位に至った理由を話しているインタビューを見たことがあります。伊東さんはてんぷくトリオの一員として、三波伸介という天才のもとで仕事をしていました。ですが、あるとき三波さんが突然亡くなります。伊東さんは三波さんなしではもうやっていけないと思ったそうですが、それに反して、いまなお活躍されています。

 なぜ諦めかけた芸能界でいまの地位を築けたのでしょうか。伊東さんはそのインタビューで、三波さんに言われたことをただやってきただけだとおっしゃっていました。自分からこれをしたい、あれをしたいと言ったことはなく、周りからやれと言われた仕事をやってきたらこうなった。自分のことを一番よく分かってくれているのは信頼できる仲間で、だから仲間の言うことを一生懸命やってきただけだ、と。

 伊東さんは心の底から仲間を信じて、まったく手を抜かずにやってきたのでしょう。実は、こういうところにイキイキ働くためのヒントがあるのではと思います。つまり、信頼できる仲間を作り、腹を割って話すことが、結果的に自分自身を知ることになるんです。そこから自分の働き方、キャリアを考えていけるのではないでしょうか。

 それでは、どうしたら信頼できる仲間ができるのか。何でもいいので、ちょっとでも枠の外に踏み出してみることです。会社の仕事でも、社外での活動でも構いません。好きなこと、やりたいこと、新しいことに挑戦する中で仲間ができていくはずです。

経営学はモヤモヤを解消する糸口になる

 周りを見て、自分を知ることができれば、イキイキ働けない状況から脱することができる、というのが本書で伝えたいことです。ですが、すべての人に効果があるとは断言できません。最も効果があるのは、毎日働いている中でなんとなくモヤモヤを抱えている方、五里霧中のような状況で仕事をしている方です。

 私としては、特に若い人には経営学で仕事の全体像を見られるようになり、主体的に仕事ができるようになってほしいんです。いまの10代、20代は小中学校の頃から自律的なキャリアを歩むべきだと教育されている世代ですが、それを履き違えてしまわないように気をつけてもらいたいですね。主体的に働くことは大切ですが、一歩間違えれば「私には関係ないからやらない」「いまの仕事は自分の将来設計に関係ない」と仕事を放棄してしまって、自分が持っているかもしれない意外なポテンシャルを捨ててしまう可能性があります。ですから、経営学にも関心を持って、働くことについて考えてみてください。

 また、そういう世代を上の世代が見下すことがありますが、逆に若い人たちが上の世代を「もう古い」などと拒否することもあります。それはもったいないと思うんですよね。繰り返しになりますが、仲間というのは必ずしも同年代ばかりではありません。年上でも年下でも、信頼できる仲間はきっといるはずです。

 本書はこうしろああしろと啓蒙するような本ではありません。ただ、普段モヤモヤを抱えている人に、経営学がその解消の糸口になりうることを知ってもらえれば、それでいいのかなと思います。

イキイキ働くための経営学

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イキイキ働くための経営学

著者:佐々木圭吾、高橋克徳
発売日:2016年3月14日(月)
価格:1,706円(税込)

目次
第1章:経営学を学ぶと仕事が面白くなる理由
第2章:経営戦略のそもそもを知ろう
第3章:「良い組織」って何だろう?
第4章:強いリーダーにならないといけないの?
第5章:どうしたらやる気がでるの?
第6章:自分らしく働くための経営学